2011年4月16日土曜日

被災労働者へのサポート (安藤)

前回の投稿で私は,今回の震災により仕事を失った方々が今後取り得る選択肢を以下のように四分類しました。
  1. 復興とともに,現地で再び同じ仕事に就くこと,
  2. 震災を機に住む土地を変えて,同じ仕事を続けること,
  3. 現地において別の仕事に就くこと,
  4. そして他の地域へ移住し,別の仕事に就くこと
野村総研の推計(http://www.nri.co.jp/news/2011/110408_2.html)によれば,被災地域における被雇用者77.3万人のうちで,震災1年後に現地で同じ仕事に就くことができるのは71.4万人で,また震災6年後には67.8万人になると予想されています。つまり,それ以外の人々は,仕事を変えるか地域外への転出を余儀なくされるのです。これは6年後には,10万人近い労働者が地域間,または産業間で移動することを意味しています。

加えて東京電力の原子力発電所事故により対象地域から避難している労働者や,電力使用抑制に伴い今後発生する失業者のことも考える必要がありますね。

これら広い意味での被災労働者は,今後どのように職探しをすれば良いのでしょうか。またその支援はどのように行えば良いのでしょうか。短期と中期,そして長期に分けて考えてみましょう。

【1,短期】
被災地域に住み続ける労働者にとっては,復興活動が始まるまでは職探しが非常に厳しい状態が続くでしょう。そこで現在,瓦礫の撤去やその支援,また避難所での活動などに対して賃金を支払うCash for Workと呼ばれる取り組みに注目が集まっています(詳細はhttp://cfwjapan.com/home/をご覧ください)。

この取り組みの目的は,現在職がない被災労働者を安く使える労働力として活用することなどではありません。これは仕事が見つかるまでの間のつなぎの稼得手段として確かに有効ですが,それ以上に多くの被災者に働く場をもたらす点が重要です。生活に必要な資金を義捐金等として提供することだけでなく,働ける人に対して仕事を作ることは,個人の尊厳の面からも生活習慣や技能の維持の面からも意義のあることだと考えられます。

報道によると,農林水産省が漁港の瓦礫の撤去作業に対して,日当1万2100円を支払う方針が決まったようです。Cash for Workは既にこのように動き出している試みですが,今後はさらに多様な活動への賃金支払いへと拡充することが必要でしょう。

その際に重要なのは,被災者間の平等や精緻な制度設計を考えるあまりに,実際の雇用がなかなか実現しないという事態をもたらさないことです。出来るところから始めることが求められます。

【2,中期】
中期では復興需要があるため,土木建築関係とその周辺分野等で雇用が発生します。ただしこれが一時的なものであることには注意する必要があります。復興に目処がついた時点で仕事が減ることに備えて,事前のキャリア転換支援が必要でしょう。なぜなら復興後に震災前の仕事に戻る等の選択もありえますが,一方で従来の仕事に戻ることが難しい場合もあるからです。

そのためにはどのような施策が有効でしょうか。例えば,ある労働者を公共事業で雇用する場合には,すべての時間を建設作業に従事させるのではなく,労働者のキャリア形成を考慮した教育訓練と組み合わせる形で賃金を支払うことなどが考えられます。それにより復興後に就労が途切れるリスクが減り,労働者にとっても有益ですし,また社会全体にとっても適切な労働者支援をより安価に実現できるからです。

この点に関しては,以前執筆したNIRA研究報告書の担当部分において同趣旨の提案をしているので参考にして頂ければと思います(http://www.nira.or.jp/pdf/0901ando.pdf,p.49)。

【3,長期】
[3−1,労使マッチングの仲介]
長期には,元の仕事に戻る人もいれば,別の仕事に就く人もいるでしょう。別の地域で職探しをすることや別の職種への移動をスムーズに行うためには,外部労働市場が十分に整備されている必要があります。

それでは外部労働市場が整備されているとはどのような状況を指すのでしょうか。それは(1)様々な職種において求職者と求人数がそれなりの規模で存在し,(2)現時点での能力や適性といった労働者側の資質や経営状態や労働環境などの使用者側の性質などがある程度は明確になっていて,(3)相手探しや交渉,また契約を低コストで円滑に実現できる状態を指しています。

これまでわが国では,大企業のホワイトカラー労働者を中心として内部労働市場が発達している代わりに,外部労働市場があまり整備されていないと考えられていました。しかし実際には,中小企業では転職も多く,知人の紹介や求人広告など様々な手法を活用して労使のマッチングが行われていたのです。

被災労働者に関しては,これまでの中小企業における転職とは異なり,働く地域を移動することや職種を変更することも考える必要があるため,ハローワークや有料職業紹介事業者による就職支援の必要性がさらに高くなると予想されます。

その際には労使のマッチングは,労働者の過去の経験や今後の教育訓練などにより,マッチングから生み出される価値が人により大きく異なること,そして時間を通じて変化することにも配慮が必要です。前掲報告書のp.48でも述べていますが,キャリア転換の成功事例をデータベース化し,転職支援に用いることなどは有効かもしれません。

また単に就労支援をするというだけでなく,キャリア形成の支援という視点も重要でしょう。例えば食品などの消費財の製品開発をやりたいと未経験者が主張しても,いきなり希望する職に就くのは難しいはずです。そのような場合に,支援する側が,現状では無理だと言うことを説明した上で,当人のこれまでのキャリアと能力そして適性を勘案し,「一度小売業の販売の仕事をしてみてはどうか」などとアドバイスするなど,支援サービスを利用するからこそ今後ののキャリアの展望が開けるといった要素もあるはずです。

[3−2,仲介の官民分担]
また就職支援については官民の役割分担についても考える必要があります。限られたハローワークの資源を有効活用するためにも,民間事業者のさらなる活用が求められます。民間で出来ることは民間に任せて,採算が合わないと民間企業が考える領域にこそ政府の出番があると考えるべきでしょう。

また有料職業紹介を行う事業者は,原則として労働者側からは手数料を取ることが出来ず,採用する側が手数料を支払うことになっているのですが,例えば被災者に限ってはその手数料を国が負担することなどを考えても良いでしょう(有料職業紹介事業者が受け取ることが出来る手数料については,例えばhttp://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/manual2/dl/10.pdfをご覧ください)。

ただし雇用契約の成約件数に応じて手数料が支払われると,雇用関係が長続きするかどうかをあまり考えずに安易なマッチングが行われる恐れもあるため,採用後1年間といったように一定期間雇用が継続したことを条件として対価が支給されるといった方策を考えることも効果的かもしれません。

多様な論点を列挙してしまったために分かりにくいかもしれませんが,とりあえず今考えていることをまとめてみました。野川さんに異論があればご指摘ください。また,より具体的に検討すべき事項があれば,どの点を重要と考えるか教えて頂ければと思います。

2011年4月5日火曜日

衝撃に絶えうる労働市場の整備 (野川)

安藤さんも指摘されている通り、3月11日を境に、日本は一変してしまいました。もちろん、だからと言ってこれまで検討してきた問題が看過されてよいということにはなりませんが、やはり新しい状況に対して私たちなりにきちんと対応する必要があると思います。整理解雇や、ひいては労働者の置かれた実情を踏まえた上での労働市場の活性化の在り方について検討してきたこれまでの検討については、また再開する機会を考えましょう。

今回の大震災で、直接間接に職場を失い、生活にも困窮している方々は少なくありません。さまざまな支援が不可欠だと思いますが、まずは被災者が働く場をどのように確保するかが我々の持ち場における課題でしょう。

安藤さんは、 今こそ外部労働市場の整備を急ぐべきであるとしておられますが、そこで指摘されている内容は私も全面的に賛成です。そこで、私なりにコメントを加えておきます。

安藤さんが、被災者が新たに職に就くとして考えられるケースを四つに区分されていますが、このうち、 1.復興とともに,現地で再び同じ仕事に就くこと という選択肢については、復興のスピードや具体的内容(崩壊した産業がそのまま復活するのか、また復活させる政策対応をするのか、等)によりある程度決まってくると思いますが、それ以外は、マッチングのための相当思い切った仕組みが必要なように思います。

私は、最大のポイントは、現地の復興そのものについて被災者の就労を後押しする制度を構築することと、被災労働者が職業訓練を受けたり職業紹介を受ける場合のクーポンのような制度を検討することだと思います。そして、現在整備されつつある求職者支援制度の中に、特別措置として被災労働者のための給付と職業訓練への紹介を優先的に行い、速やかな職業転換をはかることが不可欠でしょう。

ただ、これにはさらに検討しなければならない課題があります。一つは、こうした応急処置にとどまらず、今回の事態を踏まえて、外部的かつ突発的な衝撃にも一定程度耐えうるような労働市場をどう構築するかということです。それには、いっそう弾力的で労働者に不安を与えることの少ない制度的整備とともに、前回私がチラッと提示した解雇の金銭解決制度を検討しうるような転職市場の拡充などが急務となるように思います。またもう一つは、被災労働者のための特別措置を考えるとき、それが「被災使用者」の現状に鑑みてどれほど実効性があるかを検討すること。実際には、失われた職場そのものの再創出のためには、速やかな産業復興が中心的課題となることは間違いありませんから、そのことと被災労働者へのサポートとの有機的な連携が大きなポイントとなるように思います。

また安藤さんのご意見をうかがって、少し掘り下げた検討もしていきたいと思います。