2011年6月15日水曜日

震災後労働法制のあり方について(野川)

長い間ご無沙汰してしまいました。

大震災のあと、世界はすっかり様がわりしてしまい、雇用と労働をめぐる議論にも大きな影響があったことは間違いありません。

「この事態の中で、自分にできることは何か」という疑問を、ほとんどの人々が突き付けられ、それぞれの場で行動されました。私は労働法研究者の末席を汚しているので、当初の衝撃から立ち直ってすぐに、ただちに続発するであろう労働問題に対してどのような法的対応ができるのかについて基本的なハンドブックをつくろうと考え、二か月ほどはそれにかかりきりでした。

今般、緊急出版の形で刊行された「Q&A 震災と雇用問題」(商事法務)では、厚労省や各自治体や労使団体等に寄せられている具体的な疑問や質問を集め、加えて今後想定される労働条件の変更や人事システムの改革などを見据えて、そこで起こるであろう諸課題への一応の解答を示したつもりです。

この本を執筆するなかで絶えず頭の中を支配していたのは、 短期的問題、中期的問題、長期的課題のいずれについても前提となるべき原則は何であるべきか、ということでした。事態があまりにも規模が大きく、また深刻である場合、当座の問題を処理するだけで膨大なエネルギーが必要となるため、ともすれば将来への展望をともなった対応にまで準備が及ばないことがあります。しかし、そのような歴史的苦境を前にしたときには、まずは土台となる原則を踏まえ、そのうえで時間の経過とともに段階的に基本準則を確認し、それぞれの現場ではできるだけ具体的で適切な状況対応をする、というのが常道であろうと思います。
今回の震災とそこから生じる今後数十年にわたる諸課題への対応を考えるとき、少なくとも労働問題 については、以下のような段取りで検討を行うことが必要ではないでしょうか。

まず土台となる原則としては、「労使対等原則による協働」という理念があげられるでしょう。これは通時的にも共時的にも普遍的な労働世界の基本理念であり、平時はもちろんのこと、非常時であっても、いや、見方によっては非常時であればなおさら堅持すべき理念であると言えます。「緊急事態では使用者の専権によって事態を乗り切る」という発想になりがちな日本では特に強調されるべきであろうと思います。

つぎに、復旧から復興への移行段階では、災害特例のような形で次々と発せられた行政の特別措置を十全に活用し、今後必要な新たな雇用の創出、労働保険・社会保険のリニューアル、労使関係の再構築等をすみやかに効果的に実現することが優先されるべきでしょう。そのためには、労働法制についても、時限法なども視野においた新制度・新ルールの定立が急がれます。政府は、規則や通達や指針を整理して、国としてめざす方向性を国民にわかりやすく明確に示すことが必要です。

そして、将来も起こりうる大災害、突発的で巨大な労働市場の混乱といった事態を想定して 多くの企業で行われるであろう制度変更については、労働協約、就業規則、個別労働契約による対応それぞれについて、労働条件の不利益変更や使用者の裁量の大幅な拡大が許される基準や限界を確認し、労使関係の強化・助成をどのように具体化させるかを早急に検討すべきであろうと思います。

以上は包括的な前提ですが、今後は個別の課題について、さらに詳細で明確な検討が行われるべきであることは言うまでもありません。

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