2011年3月1日火曜日

契約社会実現のためには外部労働市場整備が優先ではないか(野川)

月があらたまり、弥生三月、春うらら、本来なら心浮き立つ季節なのに、未だに就職が決まらない大学生、適正なサポートもなく増大する非正規労働者、政治の混乱のために一歩も進まない労働法制の改革・・・ と、雇用や労働の世界には桜の芽も見えない状況が続いています。

嘆き節を披歴しても始まりませんが、国際比較において日本の高校生が劇的に自己評価が低いといった統計も併せ考えると、働いて身を立てようというまっとうな人生設計がこれだけダメージを受けている現状は、本当に最優先に改善のための取り組みが必要ですね。

さて、安藤さんのご質問は、 大企業と中小企業との区別の必要性と、外部労働市場の整備についての具体的な処方箋でした。まず、前者については、もちろんこの相違は非常に大きくて、労働法の世界でも、大企業ではかなり複雑な労基法上の制度(変型労働時間制や裁量労働制など、法律を読んだだけでは全く理解不能です)でもきちんと取り組んでいることが珍しくないのに対し、中小企業では「独自の慣行」が中心で、法のコントロールはなかなか定着しないとよく言われます。

しかし、このような状況においては、「契約の明確化」という要請を何らかの形で規範化して普及させようとする場合でも、同様な問題を生じさせるのではないでしょうか。つまり、大企業では形式的にはとりあえず順調に普及しても、中小企業ではかえって負担であると受け止められて実際は忌避されるということになりかねないように思います。なぜなら、欧米諸国において契約による雇用関係の成立・展開が定着しているのは、人々の経済的・社会的関係は契約によって成り立つ、という了解が生活実感として形成されていて、雇用についてもそれが通用しているからであって企業の大小によって大きな違いはないのに対し、日本ではまだまだそうではないからです。そして、大企業でさえ、雇用が契約であるという実感を阻害するような人事制度がこれだけ強固である限り、実質をともなった契約は普及しないと思います。
たとえば、最近注目されているNPO法人PSSEが発行している「POSSE」10号では、就活が学生にとってこれほど多大なエネルギーと時間を浪費させられるのは、求められているのが資格や学位や成績など客観的な指標ではなく、「○○力」だの「○○性」などという曖昧な基準による評価なので、結局学生は企業に認めてもらうための「面接テクニック」や「自己アピールスキル」の会得に追われてしまうのが一つの要因である、という指摘がされていますが、こんな就活を経験すれば、雇用が対等当事者の契約であるなどという認識は生まれないでしょう。

むしろ私が注目するのは、企業社会のツリー構造です。どういうことかというと、確かに大企業と中小企業の相違はありますが、他方で、(良し悪しは別として)大企業の人事システムがある方向に動くと、連動して中小企業もある程度それに追随するという傾向が見られるということです。ご案内の通り、日本の企業社会は「みずほ」「三菱東京UFJ」「三井住友」の三大メガバンクグループなどに象徴されるように、ゆるやかなピラミッド型、あるいはクリスマスツリー型の構造をなしていて、中核となる大企業のガバナンス方式の変更がグループ内および関連する企業群に影響していきます。
厚労省が大企業を中心に行政指導などを通じて新しい雇用ルールを実践させようとするのはこの点に大きな理由があって、そうすることでツリー構造を通じた広範な広がりを期待している節があります。

したがって、整理解雇についての四要素や労働条件の柔軟な変更を、労働者の利益とのバランスを取りつつ実行するという手法も、きわめて不十分ではあっても、大企業に定着していることで中小企業にも曲りなりにも「意識」はされているように思います。今のところは、これをさらに合理化することに留意しつつ、他方で、契約が定着しうる社会への変化を早める努力がなされるべきだと思います。

次に外部労働市場の整備は、少しずつ進んでいますが、いくつか乗り越えなければならない障壁がありますね。一つは、今なお強固な新卒定期採用システムで、これを相対化して、既卒と新卒が対等にエントリーできる仕組みにする必要があります。 他の先進諸国では、在学中から就職活動を始める学生は平均して4割程度ですが、これに近づけるために、現在模索されている「卒業後3年間は新卒扱い」や「9月採用の拡大」などを契機として、新卒定期採用の相対化を実現することが必要だと思います。もう一つは横断的職業能力の指標を充実させることです。実際には、現在転職する労働者は増加傾向にありますが、横断的な職業能力評価の指標が貧しいので一挙に転職市場を拡大することにつながらない。職の個別化は進んでいるので、ホワイトカラーの職業能力を客観化する指標の形成を急ぐなどにより、この方向を進める必要があるでしょう。もちろん、当該企業でしか通用しない能力がプロモーションの基準となっているようなこれまでの慣行を崩すことも課題となります。
三つ目が、非常にデリケートなテーマである「解雇の金銭解決制度」です。私は、現在の段階でただちにこれを導入することは反対です。しかし、ある程度外部労働市場の整備が進んだ将来には、解雇に直面した労働者が、自分を切り捨てた使用者にすがりつくようなことをしなくてすむ制度、むしろ「こちらから願い下げだ! ただ、自分を切り捨てた代償は安くないぜ」として高額の転職費用を絞り取れる制度がある方が望ましいと思います。もちろん、制度の出発点としては、解雇が違法である場合の解決手段の「選択肢」として検討すべきです。

また長くなりました。私としては、以上のような理由でやはり優先順位としては外部労働市場の整備が重視されるべきだと思っています。 
安藤さんには、 契約化への具体的段取りとともに、日本の企業社会にまだまだ根付いている身分社会的慣行や、国際的にみればずいぶん閉鎖的な労働市場についてのお考えをお聞きしたいですね。

2 件のコメント:

  1. いつも興味深く拝読しております。個人的な意見なのですが、どうも議論が規範論に偏っているような気がします。

    たとえば中小企業の不当解雇が年に何件ぐらいあり、ご提案の制度が導入されればこれが何件ぐらい減るはずである。あるいは失業率にこのような影響がある。非正規労働者の割合にこの程度のインパクトがあると予想される。というような定量的な議論は不可能なのでしょうか?

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  2. Shujiさん

    コメントありがとうございます。
    定性的な議論ではなく定量的な議論を望む気持ちは良くわかります。
    私もできればそのようにしたいのですが,いくつかの論点については実際のところそうするのは難しいと考えています。

    例えば不当解雇とは定義が難しいですし,データとして把握できるのは訴訟になったものだけで,泣き寝入りしているものについては数が分かりません。
    また特区を作って実際に管理された実験が行えるなら,かなり有効なデータが得られるのですが,それも簡単なことではありません。

    しかし過去の経験や他国の制度変更時などのデータを利用できる場合には,今後できるだけ触れたいと思います。

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