2011年2月1日火曜日

整理解雇の判断基準として何が適切なのか (安藤)

前回の野川さんの記事では,最初に私の二つの疑問への回答を頂きました。まず「労使間の本質的不均衡は解雇に制約を課することによってしか、現在でも是正できないと考えるべきか」という疑問に対しては,「当然ながら、労働市場の在り方や雇用慣行が大きく変わっていくなら、それに応じて、労使の不均衡に対応したルールの内容も変わり、必ずしも解雇がターゲットとはならなくなるように思います」というものでした。

これには納得です。一部には手段と目的を混同してしまい,解雇規制そのものを守ることに固執する議論も観察されますが,そもそも解雇を制約することは,手段であって目的ではありません。

雇用労働政策の本来の目的とは,労働者が技能形成や稼得能力を向上させる機会を継続的に得られること,また労働者の生活が安定・向上しうること,そして適切な努力をしている限りにおいては失敗しても再挑戦の機会があることなどでしょう。加えて本人の生まれ持った資質や選択した行動に応じて適切なセーフティネットが機能することや,現在働いている労働者の生活だけでなく,これから社会に出る若者や失業者にも配慮して,社会全体のバランスについて考えることが必要ですね。

例えば,一つの企業で長く働き続けるが待遇が低いままであることよりも,納得できる労働条件で途切れることなく仕事が見つかる安心感があること,また場合によっては職業訓練を経由することで職が見つかるのであれば,後者の方が望ましいことでしょう。これは外部労働市場の整備状況などとも当然関係します。

いずれにせよ,昔のように例えば祖父母の世代が農業をやっていれば,父母の世代も自分たちの世代もやはり農業に従事するような時代ではなく,職業選択が自由になったこと,また産業構造の変化が加速したために,働き始めた頃に従事した仕事が長い労働人生の途中で不要になってしまう可能性が高まったことなどにも対応できる労働政策が今日では求められているのです。

次に,整理解雇を「労働者側にではなく、使用者側に原因がある解雇」と理解することが適切か」という疑問に対する野川さんの回答は「『遠因』を争うことはあまりにも迂遠で合理的ではない」というものでした。これについても紛争解決の手続き論としては納得しました。

さらにいえば整理解雇とは労働者の責任ではなく使用者側の経営判断によるものと決めてしまっても,おそらく企業業績に連動して待遇の変化を受けている労働者については,企業業績悪化に対する当該労働者の責任は既にその待遇変化により負担しているとも考えられるので,正当化可能なのだろうと理解しました。

次に本題の「片務的長期雇用保障契約」についてです。これは野川さんのおっしゃるように,通常の企業において「正社員」と使用者間に成立している労働契約に非常に近いものを意図しています。

どこが違うのかと言いますと,既存の契約形態には,解雇権濫用法理(現在の労働契約法第十六条)と判例による整理解雇法理が付随しています。それらの法理には予見可能性が低いという問題があるため,これらの点については合理化と明確化が必要であること,また労働条件の不利益変更に関してもさらなる明確化を考えているため,「非常に近いもの」としました。

次に「解雇要件を明記した片務的長期雇用保障契約の締結は、具体的にどのように可能でしょうか」という質問を頂きましたが,この点については,まず私が以前(財)総合研究開発機構(NIRA)の報告書に書いた文章を転載した上で説明しましょう(http://www.nira.or.jp/pdf/0901ando.pdf)。

現在の労働ルールで許容されている契約の種類は非常に限られたものである。労働契約の期間については、実質的には、長期契約(例えば新卒の場合は定年までのおよそ30 年契約だが整理解雇の可能性があり、また集団的労働条件や配置転換などは実質的には使用者側が決める契約)と原則 3 年までの期限付き契約の二択となっている。これは労働条件を二極化させる要因となっているものであり、セーフティネットの充実を前提とするなら、契約の類型を多様化すべきである。
それではどのような契約を締結可能とするべきだろうか。労働需要を増やすという観点からは、契約解除の要件を明確化することが必要である。それにより安心して採用することができるようになるからだ。私見では、少なくとも、雇用契約の期間と場所、そして職務内容について当事者の自由意志に基づく契約を可能にすべきであると考えている。
まず期間でいえば、5 年契約や10 年契約を可能にすること、また一年前に告知すれば解除可能な雇用関係なども考えられる。次に場所については、配置転換の可否について契約に明記するだけでなく、仮に転勤ができない場合には事業所の閉鎖と共に雇用契約が解除されるなどの特約も許されるべきである。また職務内容についても、仕事がなくなったことを理由とする契約解除を可能にすること等が考えられる。

ここで述べているのは,整理解雇の要件を,できるだけ明確に契約で決められないかということです。例えば,現在の整理解雇の四要素の内の「解雇対象者の人選は合理的か」という点に関しても,現在雇われている労働者の雇用契約内容に従って解雇対象者が決まるようにするのです。このように明確な条件の下では,労働者が恣意的に解雇される可能性は低いということも,この施策が有益だと考えている理由です。

例えば大阪に本社がある企業が,東京営業所にて勤務地限定特約付きの労働者を片務的長期雇用保障付きで雇用したとしましょう。つまりこの労働者は,企業が東京から撤退しない限りはこれまでの正規雇用と同様の雇用保障を持ちます。ここで上司がこの労働者が気に入らないからといって,東京営業所を閉鎖することは想定しにくいのではないでしょうか。

おそらく整理解雇要件の契約による明確化をすると,これまでの正規雇用と同じだけの雇用保障を得られる人の割合は減るでしょう。しかし一度長期雇用保障を得た場合には,現在のものよりも保護が強いという面もあります。

またこの明確化は,長期雇用の否定ではありません。この点についてもNIRAの報告書で述べたことを再度転載しておきましょう。

繰り返しになるが、この提案は長期雇用を否定するものではない。当事者の合意による長期雇用は多くの場合において社会的にも望ましいものであるからだ。例えば5年契約を2回繰り返した上で、定年までの長期雇用を提示される労働者がいるかもしれないし、有能な労働者に対しては仮に当初の契約期間が5年であっても、1年目に長期雇用契約が提示されるかもしれない。しかしそれは選択肢を絞ることによって外から強制される形で長期雇用を実現するのではなく、あくまで当事者たちが選択した結果としての長期雇用であることが大切であると考える。

おそらく野川さんと私とでは,整理解雇の要件(要素)が現在のままで良いとは考えていないという意味では意見の相違がないのですが,私は契約解除要件の契約による明確化を考えているのに対して,野川さんは「今から10年ほど前に東京地裁が試みていた整理解雇の新しい判断基準」に注目しているという意味で違いがあるようです。

私は,この新しい判断基準についてまだよく理解できていません。例えば失業保険があるのに,その上で「解雇後の一定期間の金銭的サポート」が本当に必要なのでしょうか。これが解雇の金銭解決を意味するのであれば,それを労使合意の下で契約に取り入れることについては問題ないと思いますが,これを契約として強制すべきでしょうか。それは,このような金銭的サポート部分は,雇用期間中の賃金の低下により打ち消されてしまう可能性が高いため,これを望まない人もいるように思えるからです。

というわけで,私は解雇要件を契約として明確化することを考えていたのですが,野川さんは整理解雇を裁判所が認める際の要件を実態に合うように変更することを考えているのですね。この違いを理解した上で,次回以降は整理解雇の要件をどのように定めるのが有効かつ望ましいのかについてさらに考えていきたいと思います。その際にはもちろん比較法的な検討も重要ですね。他国のルールについては・・・これから泥縄で勉強したいと思います。

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