2011年2月4日金曜日

整理解雇ルールの基本的考え方と具体的基準 (野川)

整理解雇をめぐる安藤さんからの二つの質問に対する私の回答につき、大変丁寧なご指摘をいただき、恐縮しております。なお、二点目について、安藤さんはいみじくも「紛争解決の手続き論としては納得しました」と記しておられます。ここは経済学者と法学者のスタンスの相違が現れるところかもしれませんので補足します。 

よく、「法学者は目の前にある問題の解決に腐心するが経済学者はその奥にある問題を扱う」というような言い方がされますが、安藤さんと私の、この二点目のご質問に関する対応の相違は、こうした言い方にフィットするような印象を与えるかもしれません。しかし、おそらくそれは誤解で、実際には、法学者は、究極的には裁判所を通して実現される「規範」を対象とするので、問題解決の基準として具体的実効性を中心的な前提とせざるを得ない(もちろん、政策論としての妥当性を考えないというのではありません。優先順位の問題です)のに対して、経済学者は、理論的妥当性をさまざまな政策手法によってどのように実現できるか、という考え方が、どちらかというと優先されるということではないか、と思います。これも、私の認識がズレているのであればご指摘ください。

さて、本題ですが、 安藤さんが構想する「片務的長期雇用保障契約」の具体的内容はほぼ理解できたと思います。雇用の期間と職務内容について、多彩な内容の契約の締結を促進すべきだということになるでしょうか。これによって、整理解雇の要件を、明確で予見可能なものに近づけることが可能になるのではないか、というご意見であると受け止めました。

議論をわかりやすくするために、ここはあえて論争的な書き方をします。

私は、安藤さんのご提案はあまり現実的ではない、と考えます。それは、現状では無理だ、という意味ではなく、どうしても実効性に欠けるのではないか、ということです。

確かに現在の労働契約は、期間については、期間を定めないか(正社員の場合は定年までを見通すことになりますが、パート労働者でも期間を定めない場合が多いと言われています)、3年までの期間を定めるかの二択しかありません。しかし、実際には有期雇用契約自体が非常に内容多彩で(この点の詳細は厚労省に設置された「有期労働契約研究会」の報告書(2010年9月10日)に添付された「平成21年有期労働契約に関する実態調査報告書」(事業所版と個人版とがある)、及び「有期契約労働者の契約・雇用管理に関するヒアリング調査結果 - 企業における有期労働契約の活用現状と政策課題」(JILPT労働政策研究報告書No.126)をご参照ください)、大分類でも、

①高度のスキルを必要とし、責任も高度な「高度技能活用型」②正社員と業務及び責任が同一である「正社員同様職務型」③業務や責任は異なるものの、処遇の水準が同じ「別職務・同水準型」④業務のいかんを問わず責任が正社員に比べて軽い「軽易職務型」に分けられます。たとえばこのうち②や③では、5年、10年といった中期的な期間が想定されていて、実際にそれくらいの勤続期間がみられるようです。そして、この大分類はさらに細かくブレイクダウン可能です。

また、職務内容と勤務場所については現在でも特に規制はなく、自由にこれを限定したり、包括化したりすることができます。実際、最近では職種や勤務地を限定しているとみられる労働契約も珍しくなくなってきました。

問題は、このように制度的に、もしくは実質的に、かなり柔軟に雇用期間や職務内容を多様化できるにも関わらず、安藤さんが想定されるような多彩な契約は実現ないし普及していないということです。ということは、企業も労働者も、少なくとも現時点では、予見可能性は低くても現在一般化しているような茫漠とした労働契約を望んでいると言えるように思われるのです。

その理由は軽々に断言できませんが、一つには、予見可能性を回避した不確定な部分について、それこそ暗黙の了解が労使に成立しているのではないか、ということです。つまり、整理解雇必至のギリギリの場面でも、融通無碍の対応が可能な労働契約であることが、労使の信頼に基づく、微妙できわどい、しかし何とかお互いに納得のいく妥当な解決を導けるのだ、と考える労使が、まだまだマジョリティーなのではないでしょうか。

仮にそうだとすると、労働契約の内容をクリアーにして予見可能性を高める、という手法が現実化するには、そうした労使の認識自体が変わる契機が必要だということになるように思います。労働市場の流動化や、企業の人事管理の個別化のいっそうの進展など、現在はその方向に向かっていると思いますが、それこそ予見可能な将来に、安藤さんの構想するような労働契約の一般化が実現するとは言えないというのが私の見立てです。また、そうした多彩な契約を締結するよう法律や行政指導で誘導する、ということも、労政審の三者構成システムのもとでは実現可能性が低いと言わざるを得ません。これについては、もちろん、安藤さんの構想に対する私の理解不足もあると思いますので、安藤さんからの忌憚のない反論をお願いいたします。

最後に、私が提示した、10年ほど前の東京地裁の新たな判断基準について。確かに、安藤さんご指摘の通り、解雇後の生活保障や転職費用は、基本的には、失業保険(日本では雇用保険の求職者給付が軸となる)が担うべき役割です。しかし、失業保険が実際に十分な機能を果たすためには、転職市場がある程度確立し、労働者の能力に対する客観的評価指標が普及し、かつ職務給的な賃金制度の一定の定着が前提となります。それが実現していない現在、各企業は、自らが経営上の理由で放逐する労働者に対して、円滑な職業転換のための経費の一定部分を負担することで、「一企業ではなく企業社会全体で雇用を維持する」という方向への、「解雇実行企業としての責任」を果たすことになるのではないか、ということです。

また、新たな判断基準についてむしろ私が注目したいのは、経営上の理由により雇用維持を断念せざるを得ないという企業の事情につき、労使が対等に十分な話し合いを行って合意形成を目指すメカニズムを追及していることです。解雇手続きの明確化を重視し、加えて「企業がどれくらい労働者の納得を得る努力を重ねたか」を新たな要件としていることはその表れであるように思います。

今回はこの辺にしておきましょう。またお互いに負担にならないよう、マイペースで議論を進めていければ幸いです。諸外国との比較も折に触れ検討いたしましょう。

6 件のコメント:

  1. いつも興味深く拝読しております。

    >そうした多彩な契約を締結するよう法律や行政指導で誘導する、ということも、労政審の三者構成システムのもとでは実現可能性が低いと言わざるを得ません。

    ここの箇所ですが、例えば派遣労働などは法律の制定の影響を色濃く受けており(もちろん脱法行為や意図せざる結果はつきものですが)、法律あるいはガイドラインの策定であってさえも、一定の効力があると認めても差し支えないのではないでしょうか?

    法律改正やガイドライン策定の事例を網羅的に検証したわけではないので、あくまで個人的印象に基づくもので恐縮ですが。

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  2. 興味深く読ませていただいております。

    > 予見可能性を回避した不確定な部分について、それこそ暗黙の了解が労使に成立しているのではないか

    少なくとも現時点では、特に新卒採用の場合、契約書を交わさない、交わしたとしても形式的・儀礼的なことが多いと思います(多いと言って、どれくらいの割合を占めるのかは分かりませんが)。
    これに対し、新入社員が「きちんと契約書を交わしたいのです」「契約書の内容に納得できない箇所があります」などと言いにくい雰囲気もあり、そうしたものも含めて「正社員になること」の「暗黙の了解」があるように思われます。

    > 労働契約の内容をクリアーにして予見可能性を高める

    また配属も、本人の希望が全く聞かれないとは言わないものの、多くの場合「どこに配属されるか分からない」状態で入社し、命令によって配属先が決められることになります。そこでは、職務内容やOJT(下積み)的な配慮のみならず、社内の人員のバランス、人間関係なども判断材料になっていると考えられます。

    そうしたなか、新入社員にどれほど労働の内容について予見し、契約について交渉できる力があるのか、という視点が現実的には必要になってくるのではないかと思いました。

    また今後、整理解雇のみならず解雇一般、広く社会に蔓延している不当な解雇/雇い止めをいかにして規制できるのか、といった点に議論を広げていっていただけたら幸いです。

    雑駁な感想で申し訳ありません。
    それでは失礼いたします。

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  3. 野川です。根津さん、貴重なご指摘ありがとうございます。もちろん、私も三者構成の労政審における法制定への努力を軽んじているのではありません。ただ、審議会では労使とも互いの利益代表として発言するので、まとまるのは両者の利害が一致するか、政治的思惑によりどちらかが譲歩することを選択した場合がほとんどなのです。派遣法についても、改正のつど、労政審における綱渡りのかけ引きが行われながら現在の派遣法に至っています。労働側に有利な部分と使用者側に有利な部分とが玉虫色に混在しているかのような印象がぬぐえないのはそのためです。
    要するに、労政審の三者構成システムは、ILOの原則に則った非常に貴重なものではありますが、法的に十分に機能的で体系性のある実定法を次々と制定していくとか、入念で機動的な政省令の策定を広汎に実現していく、という場合にはあまりにも多大な時間とエネルギーを必要とするシステムなのです。それを踏まえると、多彩な労働契約の内容を法令で現場に促していく、ということが実現する可能性は高くないと言わざるを得ないでしょう。
    橋口さん、ありがとうございます。解雇一般に議論を広げ、特に、明らかに不当な解雇や雇い止めについて実効性のある規制のありかたを検討することも、ぜひ行っていきたいと思います。

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  4. ものすごく単純な発想ですが、「多様な内容の契約」をするには、それをオファーする企業側が法律のお勉強をするなり、それに詳しい専門家の助言を受ける必要があります。それはコストがかかるし、何よりも面倒くさい。中小だとそういう所の方が多いのではないでしょうか。

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  5. 野川さん

    仰っている趣旨は大変よく理解できました。ご丁寧な回答有難うございます。

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  6. 匿名さん、

    こんばんは。安藤です。
    確かに個々の企業が自分で最初から「多様な内容の契約」を設計するのであれば費用がかかるため、容易ではないでしょう。

    しかし個々の企業が多様な契約を提示するということではなく、社会全体を見たときに多様性があればそれで十分だと思います。

    当初は、おそらく一部の先進的な企業が実験的に採用することから始まるのでしょう。しかし新たな契約のうちのいくつかが上手くいけば、それを模倣する企業も出てくると思われます。このようなプロセスであれば、多くの企業はそれほど費用をかけずにすむのではないでしょうか。

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