2011年1月25日火曜日

正社員は既得権者なのか? (安藤)

2011年3月末に卒業予定の大学生の就職内定率が,12月末時点で68.8%であることに注目が集まっています。また最近,わが国の労働法制はこのままで良いのかといった議論が多方面で展開されています。

さて労働法制を考える際には,やはり解雇規制のあり方についての議論は避けられません。しかし一部では解雇権の濫用と整理解雇法理の関係がクリアでないまま行われる乱暴な議論もありますし,また既存の労働契約とこれから新たに結ばれる労働契約とを分けて議論されていないこと等も見られます。

新規の雇用契約に関しては,私は現在のように原則3年までか,または定年までの長期かという二択を続けることには問題が多いため,これをより多様化させるべきではないかと考えています。しかし本日の話題は,既存の長期雇用契約についてです。

最近,正社員は既得権者であり,賃金に見合った貢献をしていない場合が多いため,その解雇を容易にすべきだという趣旨の発言を良く見かけます。ちなみに私も以前は「現在の正社員はこの点から言えば既得権者」だと書いてしまいましたが(http://lab.arish.nihon-u.ac.jp/munetomoando/nikkei061212.html),現在では,現行の法制度の下で実質的な長期雇用契約を結んだなら,原則としてこれを守るべきだと考え方を改めました。なぜでしょうか。

まず注意が必要なのは,正規と非正規の違いは賃金の差だけではないということです。正規雇用には,それに付随して,非正規にはないさまざまな義務や不自由等があります。例えば職種の変更や転勤を伴う勤務地の変更,そして三六協定の下での残業などについて,使用者側が実質的な決定権を持っていることなどは考慮しなければなりません。

ここで言いたいのは,既存の正社員は何かを対価として差し出したからこそ既得権を得ているということです。それなのに正社員を既得権者だと安易に糾弾すること,また契約にあったはずの雇用保障をいきなり取り上げようとすることには正統性がないと考えます。

例えば土地の収用について考えてみてください。財産権は保護されるべきであり,これが原則です。しかし例外として,社会全体のためにどうしても必要であれば適正な対価を払うことで土地が収用される場合もあります。

雇用契約についても同様の考え方をすることが自然だと思うのです。既存の契約は原則として保護されるべきであるが,しかし社会全体のために一部を取り上げることが真に必要となるかもしれません。ただしその際には,意を尽くした説明・説得と一定の対価の支払いが行われるべきではないでしょうか。

繰り返しますが,原則と例外の関係が重要なのです。例えば社会全体のためには,これから長い労働人生が残されている若年層に就労による技能形成のチャンスを与えることが有益だと思われます。このとき,何らかの対価を払って年長者に席を譲っていただくことが必要になるかもしれません。しかしそれは強制的に実施されることを前提とするのではなく,あくまで合意に基づく取り組みとして実施できないかを先に検討すべきでしょう。

なお既存の雇用契約に関して,私は整理解雇の四要素(要件)について「合理化と明確化をすべき」だと考えていますし,池田信夫さんとの会話の中でもそのように発言しています(http://togetter.com/li/90352)。その理由については別のエントリで議論したいと思います。

8 件のコメント:

  1. ふじちゃん2011年1月25日 18:58

    賃金格差については、先生の説明は、納得いくが、解雇規制については納得できない。
    あと、派遣でも巧妙に36協定を結ばされますよ。事実誤認。

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  2. ふじちゃん2011年1月25日 19:12

    すみません、携帯からなので、言葉たらずです。後ほど補足します。

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  3. ご説のロジックとしては間違いはないと思うのですが・・そもそもの、言葉の定義の話をします。

    「既得権」て、善悪からは中立な言葉だと思うのです。むしろ、「既得権だから守るべし」が普通であって、最近の論調が「既得権」を「悪」と決めつけてしまっている感じがします。

    例えば、建築基準法の耐震基準が強化される前に建った建物は、従来の耐震基準を満たしていればいいというのも既得権です。「そんな家に住んでたら人が死ぬかもしれない」というほどのことでも、既得権は守るべきことになってます。法の訴求を認めないことと同じですね。

    その論で言えば、やはり正社員は既得権者です。「既得権だから後から決めた基準で取り上げるのはいけない」というのであれば、ご説は説得力を増すのではないかなぁと。

    自分もついつい、既得権を悪いものと決めつけてしまうので、これを自省しながら、少し考えてみた次第です。考えるきっかけを下さりありがとうございます。

    もちろん、既得権と対をなしている不利益に考慮すべし、ということには賛同いたします。

    なお、私の考えが違っていれば、真正面から切り捨ててくださいませw

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  4. 故郷を求めてさん,

     コメントありがとうございます。言葉の定義についてはそのとおりですね。僕が言いたかったのは,「正社員は既得権者ですよ。その通りです。しかし既得権というものを一方的に悪いものだと考えて攻撃するのは正しい姿ではありませんね」ということです。
     また,このエントリはまだ議論の途中であって,「それでは整理解雇は一方的な約束破りだから悪いことですか?実はそうではないのですよ。歴史を振り返るところから始めましょう」という内容の話を続けます。少々お待ちいただければと思います。

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  5. これからが楽しみです。期待しています。

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  6. ふじちゃん2011年1月26日 9:32

    すみません、コメント削除できないんですね・・・前に書いたコメントは、なしにしてください。
    非正規で15年近く働いています。先生のおっしゃることを聞いても、やっぱり正社員は既得権益(悪い意味で)だと思います。
    特定人の利益になることが、反射的に特定人の不利益になる、そういう関係が正社員と非正規雇用・若者の就職難にあるとおもいます。要するに公平じゃないということです。イメージとしては、農地改革の地主と小作人の関係。先生のおっしゃる、土地収用の場合、フェア、アンフェアの問題ではないような気がします。

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  7. ふじちゃん2011年1月26日 14:39

    質問です。どうすれば正規雇用と非正規雇用がフェアかという問題で、正規雇用の人の労働条件を非正規並みに引き下げるということは、難しいのでしょうか?
    財閥系メーカーで長い期間、派遣社員をやっておりまして、バブル以前に採用した一般職正社員が、派遣と同じ仕事をしているんですよ。それなのに正社員だというだけで派遣を見下すので、非常に不愉快でした。派遣を一般職正社員並みに労働条件を引き上げるのが無理なら、正社員を派遣並みに労働条件を引き下げることで、不公平感は和らぎますし、精神衛生上よくなります。正社員の人を解雇というのはあまりにも不利益だから、正社員の人にとっても解雇されるよりはいいのではないでしょうか?

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  8. ふじちゃんさんのコメントに対して回答しないのですね、
    まあ、大学の教員などという既得権益の権化のような地位に居座っている方からしたら既得権益削られるなんて耐えられないですからね、わかります。
    正規・非正規の問題も机上の空論として業績上げてたらいいだけだから楽なものですよね。

    これだけ世代間格差が広がり、社会保障も生まれてくる子供と現在の高齢者では7000万も違いがあり、すべての借金を先送りにする日本に対して海外の経済学者たちが口をそろえて、「私が日本の若者なら暴動を起こす」と発言していることはご存知でしょうか?大学教員の安楽いすに座っていれば自分の業績の範囲外の知識は知る必要ないのかもしれませんが。
    なんでも先送りして、解決するのに時間のかかる日本社会のことですから、あなたの議論も20年後くらいに有効になるでしょうねえ、既得権益を持った人たちが引退したころに(笑)

    金正日さんなんかも既得権益者なので話し合って地位を少し譲ってもらうのがいいとお考えですか。

    これからも大学内で業績上げるのがんばってください。

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